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人類が到達した完璧な社会『すばらしい新世界』を解説

すばらしい新世界 サムネイル

今回は私が愛するディストピアSFの名著、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』を語ってまいります。

ここには戦争も飢餓も人口減少もありません。痛みも老いも絶望もない。誰もが幸福な人類の到達点。一見すると理想郷のようなこの世界が、なぜディストピアとして描かれるのか。その根幹に迫ります。

【動画版はこちら】

第一章 ストーリー紹介 安定・平和・幸福の”完璧な社会”

では、本作で描かれる”完璧な社会”の概要をご紹介します。

舞台は西暦2540年頃のイギリス。作中ではA.F.(アフター・フォード)632年と説明されていますが、これは世界の自動車王ヘンリー・フォードがT型フォードを発売した1908年を起源とした数え方です。この世界でフォードは神のごとく崇められています。

西暦(B.C./A.D.)が使われなくなったことからも分かるように、この世界では既にキリスト教、もとい宗教は廃れています。

その原因は、2049年に起きた9年戦争という最終大戦。この戦争によって各国が甚大な被害を受けたことで、世界は「安定至上主義」を目指して再構築されました。

その結果、人類はついに「完璧な社会」を実現したのです。

この社会の特徴は、大きく分けて3つあります。

1. 人類の自由な創出

なんと体外受精によって人間を大量に生み出すことに成功しました。1つの卵子から最大96人を生み出す技術により、人口の安定的な供給が実現したのです。

さらに、この出生技術によって人間は生前から徹底的に管理され、「どんな人間として生まれるか」も選別しています。この世界で人類は上からアルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン(そこからプラス、マイナスの10階級)の階級に分けられており、この階級は生まれる前から決められています。

10段階 ピラミッド


アルファ、ベータは知識階級の枠組み。知能や運動能力、容姿に優れており高度な知的労働に従事します。
一方ガンマ、デルタ、イプシロンは労働階級の枠組み。上の階級よりも能力が低く設定され、単純な生産労働に従事させます。

ちなみに、先程の最大96人を生み出せる技術はガンマ、デルタ、イプシロンにのみ適用され、アルファ・ベータは単一の受精卵から生まれます。

つまり、マンパワーとして必要な人類を大量に生み出し、知的活動に従事するのは選別された一部の人間だけにすることで、「社会全体の役割」の均衡を守り、社会が最も上手く回るバランスを維持しているのです。

2. 条件付け

この「生まれる前から決定づけられた階級社会」に対し市民から不満が募らないよう、2つ目の特徴「条件付け」が行われます。

この世界では「睡眠学習」という技術が発達しており、寝ている間に洗脳を与えることができます。生まれた直後からこの睡眠学習を常に施すことで、それぞれの階級の人は「私はこの階級に生まれてよかった」と心から思えるようになっています。

例えばベータに生まれたら、「アルファはもっと勉強しなきゃいけなくて大変」「ガンマは頭が悪くて最悪」……「だからベータが最高!」という価値観に芯から染まります。
「不満」という発想をなくしたのです。

また、条件付けは睡眠学習だけではありません。例えばデルタやイプシロンは「本」に対して嫌悪感を植え付けるよう、赤ちゃんの段階で本を見せつけながら電気ショックを与えます。これによって本能的に知的なモノを嫌うようになり、「生産労働なんかしたくない」という役割外の価値観が芽生えることを防ぎます。

生まれたときから自分の役割が決まっており、かつその役割に疑問を持つことは一切なく、自分の役割こそが最高だと心から思える。
これで自身へのコンプレックスや他者への嫉妬はなくなり、「本当にこんな人生でいいんだろうか」と思い悩むことはなくなりました。この世から争いの種が1つ消えましたね。

3. 快楽主義と大量消費

3つ目の特徴は「快楽主義と大量消費」です。

この世界では「ソーマ」という合法的なお薬があり、これを飲むといつでも気分がスッキリして楽しい気持ちになります。
そもそもストレスが少なくなった社会ではありますが、それでも気分が落ち込む時にはソーマがあります。これで人類から憂鬱や絶望が消え去りました。

作中ではソーマを服用させるための様々なキャッチコピーが睡眠学習によって根付いていて、誰もが「ソーマは積極的に服むべき」だと疑いません

そして、経済を積極的に回すため、娯楽やスポーツによる大量消費が促されています。
睡眠学習や条件付けによって、お金のかかるモノばかりを楽しく感じるように設定し、お金のかからないもの……例えば「自然を愛でる心」などは芽生えさせないように設定するのです。

また、快楽主義に紐づくところでは、性に関しても奔放という特徴があります。
1人の相手と親密な関係を築くことはむしろ不道徳とされ、男女で4ヶ月も付き合えば周囲から「あんなに長く付き合って、彼(彼女)を独占してる」と非難されます。
誰もが色んな人と関係を持ち、性愛のハードルも極限まで下がった価値観が蔓延……その結果、「結婚」「親」「家族」という概念は廃絶されています。

なお「親が子どもを生んで育てる」という私達の常識は、ひどく猥褻で禁忌的、原始的な行いとされていて、冗談でもタブー扱いになるほど忌避される概念になりました。
つまり、「そういうこと」は快楽の手段として限定されているわけです。

ちなみに科学の発展により、人々は年をとっても若い見た目のまま病気もせず、一生を楽しく気ままに過ごして、60歳くらいでぽっくりと寿命を迎えます。

人生とはただそれだけのもの。生にも死にも人間にも重要な意味は見出さず、誰も死を怖がらないように設定されています。

例えば仏教では生きる上で避けられない苦しみを「生老病死」の四苦と説いていますが、そのほとんどがなくなったと言えるんです。

四苦・八苦

生苦……この世に生まれる苦しみ
老苦……老いる苦しみ
病苦……病気になる苦しみ
死苦……死ぬ苦しみ(恐怖・痛み)

愛別離苦……大切な人や大好きな人と離別する苦しみ。
怨憎会苦……大嫌いな人と顔を合わせる苦しみ。
求不得苦……求めるものが手に入らない苦しみ。
五蘊盛苦……自分の心や身体が思い通りにならない苦しみ。

さらに八苦まで広げても、例えば「愛別離苦」はそもそも執着するほど大切な人がいないので解消。
「求不得苦」は欲求と供給が合致しているので解消されていたりします。

個人の視点では、人生の苦しみは全て取っ払われ楽しいことばかり。自分の人生が最高だと思える。
社会の視点では、自由自在な人口調整に経済が潤う大量消費、トラブルの起きない安定した情勢。平和で幸福な持続可能な社会。それが“すばらしい新世界”です。

主要な登場人物

世界設定を説明したところで、主要な登場人物を紹介しましょう。

  • バーナード・マルクス
    1人目の主人公格。アルファ・プラスの男性でありがら出生時のエラーにより容姿に優れず、強い劣等感を抱いている。その境遇から社会秩序に反抗心を持ち、周囲からは変人だと疎まれている。
  • ヘルムホルツ・ワトソン
    バーナードの親友。大学の講師、エンジニア、脚本家など様々な分野で才能を発揮するアルファプラス。アルファ・プラスの中でも飛び抜けて才能がある故に孤独を感じており、バーナードとは異なる理由で社会秩序に疑問を持つ。
  • レーニナ・クラウン
    バーナードと同じ職場に勤めるベータ階級の女性。女性的魅力に溢れる人気者で、センターのほとんどの男性と関係を持つ。
  • ジョン(サヴェッジ)
    「野人保護区」に住む青年で、第二の主人公格。文明国から迷い込んだ母リンダから生まれ、文明国の素晴らしさを聞かされて育つ。幼い頃に読んだシェイクスピアの作品に強く感動しマニアになる。

レーニナは周囲から避けられがちなバーナードとも交際をしており、2人はニューメキシコ州の「野人保護区」を見学しようと旅行の計画を立てていました。

「野人保護区」とは、バーナードたち「文明人」と対極の「野人」と呼ばれる人たちが生活する区域。

野人と呼ばれる人たちは、概ね私達と似たような”全時代的、原始的”価値観を持っています。家族や出産、恋愛に関してはこの文明国とは真逆の考え方です。

そして年を取れば取るだけ見た目も老いていき、病気にもかかる。当然ソーマもない。私達にとっては当たり前ですが、文明人には受け入れられないほど野蛮な文化だと言えます。

ここでバーナードとレーニナは、野人に住まう青年ジョンと出会います。
ジョンは保護区の中では多少の教育を受けており、文字を読むことができます。
ひょんなことからシェイクスピアの全集を読んで育ち、それらの作品に感銘を受けている影響で、会話の端々に作品の台詞を引用するオタク気質な一面があります。

ジョンはシェイクスピアの作品を読むことで「言語化」を覚え、感情をより鮮明に理解します。この過程をみるとやっぱり言語は素晴らしいなと思います。

これまでは、どんなに彼を憎んでいるのかを語る言葉を持たなかったから。
しかしいま、ジョンは言葉を手に入れた。
――それがジョンにポペを憎む理由を教え、憎しみをより現実的なものにしてくれた。

引用:『すばらしい新世界』(著:オルダス・ハクスリー 出版:早川書房)52p

そしてバーナードはとある理由から、ジョンとリンダを文明国へ連れ戻そうとします。
ジョンはリンダから文明国の素晴らしさをずっと聞かされていたので、またとない機会に胸を高鳴らせながらこう言いました。

「ああ、すばらしい新世界!こんな人たちがいるなんて!」

これはシェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場するヒロイン、ミランダの台詞です。
ミランダは生まれてから12年も父と孤島で暮らしており、初めて外の世界の人間たちを目の当たりにした際にこう言いました。

ちなみに『テンペスト』でこの台詞が発されたのは、かつて父を謀略によって追放させた張本人たちを眼の前にして、というシーンです。
その後には父の「そなたには全てが珍しかろう」という台詞が続きます。何も知らない、純粋無垢だからこそ出た言葉と言えますね。

これ程美しいとは思わなかった、人間というものが!
ああ、素晴らしい、新しい世界が目の前に、こういう人たちが棲んでいるのね、そこには!

引用:『夏の夜の夢・あらし』(著:シェイクスピア 出版:新潮文庫)215p

そして文明国へ訪れたジョンは、この世界をどう思うのか。ここは本当に「すばらしい新世界」なのか。

この社会の全貌はぜひ、本書を手にとってお確かめください。

第二章 ストーリー考察 この世界は本当にディストピア?

本作において面白いポイントは、いわゆるディストピアものとは一風変わった登場人物たちの描かれ方です。
例えば主人公格のバーナード・マルクス。

彼はこの文明社会に反抗心を持っており、設定上は一見「意志を持ってディストピアに立ち向かう主人公」に見えますが、作中においてはどちらかというと“人間味のある情けない男”として描かれています。

そもそも、彼がこの社会に不満を持っている源泉は「自分がアルファにそぐわない容姿で生まれたことへの劣等感」です。彼がこの社会を批判するのは「皆が良いと思っているものを否定すれば特別な存在になった気になれるから」というコンプレックスの裏返しなんです。

序盤は社会秩序に対してそれっぽい問題提起をしていたりもするのですが、彼はなんだかんだこの社会にしがみつこうとします。

センター長や統制官から島流しを命じられた際には激しく動揺し、最終的には泣きながら懇願したりと、本当の意味でこの社会を否定しているかと言えば少々怪しいんです。

また、野人であるジョンを文明国に連れ帰った後、バーナードは一躍時の人となり、周囲から「野人に会わせてくれ」とちやほやされるのですが、その境遇が嬉しすぎたのか彼はすこぶる調子に乗り、毎日を浮かれて楽しく過ごしはじめます。

結局のところ彼は、「自分が他人より劣ること」への疎外感や劣等感が嫌だっただけなんですね。

向こうがこちらを重要人物としてみなしてくれるかぎり、社会秩序はいいものだった。
しかし、成功によって和解したとはいえ、秩序を批判する権利を手放すことは拒否した。
なぜなら、批判することによって自分は特別だという感覚が強くなり、大物になった気分が味わえるからだ。

引用:『すばらしい新世界』(著:オルダス・ハクスリー 出版:早川書房)216p

また、第二の主人公格である野人のジョン。彼はこの文明社会に対し、バーナードよりも精悍にNOを突きつけます。
彼は苦労や痛みも人生の大切な一部であると考えているため、何もかもが手軽に手に入り、誰もが安い快楽に溺れるだけの社会を否定します。

しかしジョンもジョンで言動が極端。彼が純粋に「悪い文明に立ち向かう正しい人間」として描かれてるかと言えば、私は少し違うと思います。

例えばジョンとレーニナの一幕。彼らは互いに恋に落ちるのですが、この2人は価値観が大きくズレているためいざこざが起きてしまいます。

愛しているからこそ早く結ばれ快楽に溺れたいレーニナ。愛しているからこそより苦労をして何かを成し遂げ、相手のために何かを尽くし、一人前の男になりたいと願うジョン。

あまりに非効率で意味不明なジョンに苛立つレーニナと、欲求に忠実すぎて下品に見えるレーニナに苛立つジョンは、言うなれば水と油です。

これは一見ジョンの方が正しそうに見えるのですが、本編のやりとりを見ているとジョンも「自分の文化や価値観を相手に押し付けすぎ」ではあるんです。

例えば街中でソーマをガンマ階級に配給している場面を見つけ、「こんなものは毒だ」「僕がみんなを自由にしてあげるんだ」とソーマを無理やり破壊し、暴れてしまったりします。

この世界を絶対的なディストピアとして描くなら、バーナードやジョンは「自由を勝ち取る反逆者」として、もう少し正当な人物として描くはず。

でも、バーナードはどこまで行っても俗っぽいし、ジョンは純粋すぎて自己陶酔に陥っている節がある。読者が感情移入する対象としてはちょっと隙がありすぎるんです。
つまり、これはどういうことか。

私は、登場人物に隙を作っているというより、単に「この文明社会にも正当性が含まれている」ということだと思うんです。

作中の世界の大きな目的は「社会の安定」です。一部の人間が得をするために圧政を敷いたり、市民を苦しめてるわけでもない。バーナードのようなエラーを除けば、人類はほぼ全員幸せなんです。それでいて社会が回る理想的な仕組み。

では、この曖昧なディストピアは一体何を描きたいのか。その解釈に参りましょう。

第三章 メッセージ解釈 幸福を取るか?自由を取るか?

本作のテーマの1つとして解釈できるのは「幸福」と「自由」の対立……そして、「本当の幸福の追求」です。
これは終盤、世界統制官であるムスタファ・モンドとジョンの議論で深堀りされます。

ジョンはとあるきっかけで、世界統制官と対面する機会を得ました。
この世界が気に入らなそうなジョンに対し、ムスタファ・モンドは、この世界秩序は全て「安定と平和、幸福のため」に定められたことなんだと説明します。

この社会はとにかく、激しい感情の揺らぎ……“激情”を排除します。
激しい感情は社会の不安定を招く。不安定は社会の崩壊を招く。

だからこそソーマで鬱は消し去る。家族や恋愛を解体し、”大切な人”や”自分の子ども”に向く激しい感情を消し去る。
病気や加齢による憂鬱も、社会不安や人生に対する悩みも消し去る。全ては感情の安定のため……ひいては社会の安定のため。

これに対しジョンはシェイクスピアの『オセロー』から一節を引用します。

『嵐のあとにいつもこんな平穏が訪れるのなら、風よ、死者が目を覚ますほど激しく吹き荒れろ』

つまり、何でもかんでも簡単に手に入りすぎるのは安直すぎる。「痛みや苦しみ、苦労」も人生の尊い一部なんじゃないか。それを乗り越えてこそ得られることがあるんじゃないか、と主張します。

しかし統制官は「この世界ではそもそも苦労をする必要が全くない」と反論します。苦しまなくたって何でも手に入るんだよ。私たちはなんでも楽に行いたい、と。
そして議論の末、ジョンは最終的にこう言い放ちました。

「僕は不幸になる権利を要求する」

この完璧な社会でどうやっても手に入らないのは「不幸になる権利」でした。
老いて衰えることも、病気で苦しむことも、食糧不足や天変地異に怯えることも、大切な人との別れに絶望することも。その全てが欲しいと。

ただ、これはそのままの意味で捉えるのではなく、本書のメッセージはジョンの主張とイコールではないと私は解釈します。ジョンは「苦労や痛み」が人生で重要だと捉え、実際にその不幸に意味を見出しています。
しかし、このストーリーで描きたかったのは「ジョンの価値観が認められる自由」が存在しなければいけないこと、だと思うんです。

「人間としてジョンの生き方が正しい」わけではなく、どんな生き方であっても認められるのが重要ということです。

本当に不幸になりたいという意味合いではなく、「全ての人間は自分なりの幸福追求をする自由がある」という意味だと解釈します。
どの選択が個人の幸福につながるか分からない以上、誰かが決めた「幸福の枠組み」に閉じ込めるのは、本当の意味での幸せではないはずだと。

第三の選択肢

でも、それは理想論なのかもしれない。その自由な世界では平和を実現することはできなかった。
九年戦争の結果、各国は深刻なダメージを受け、人類を復興・持続させるために「安定・平和」のシステムを創り出した。その想い自体は間違っていないかもしれない。

この2つの対立構造こそが、「すばらしい新世界」で投げかけられる問いだと私は思います。
このディストピアは、政府側が一方的に得をし、市民に苦しい支配を強いる「絶対的な悪」ではない。エラーの起きたバーナードなどを除けば、基本的に皆が心から幸せに生きていけるんです。

でも、外の世界から来たジョンはこの世界を歪に思う。本当の幸せではないと感じる。私達も概ねそう思うでしょう。

こういう問題提起やメッセージ性の強い作品において重要なのは、作中において「一方の立場だけを肯定しない描き方」です。

「悪者」の立場をハッキリさせる構造は分かりやすいですが、敵対する相手にも理があったり、主人公側にも落ち度や抜けた部分があったりすることで、物語の幅はより広くなって面白いと感じます。

ちなみに作者のオルダス・ハクスリーは本書の出版後「もし書き直すならば、ジョンには野蛮と文明の選択肢だけでなく、第三の選択肢”正気の可能性”を与える」と発言しています。

“いま書き直すとすれば、野人ジョンに第三の選択肢を与えるだろう……正気の可能性を”

引用:『すばらしい新世界』(著:オルダス・ハクスリー 出版:早川書房)368p


つまり「文明社会を全否定して破壊する」でもなく、「文明社会を全て受け入れて洗脳される」でもない、第三の考え方。
文明やテクノロジーの意義・価値を理解し、現実と理想の折り合いをつけて上手く生きていく道です。

この思想の集大成は、ハクスリーが晩年に書き上げた『島』という作品で表現されたと言われます。
『島』はハクスリーのユートピアが描かれており、『すばらしい新世界』とは対比的な設定がなされています。

これらの社会はあくまでハクスリーが到達したディストピア・ユートピアですが、
ぜひこの『すばらしい新世界』を実際に見学して、自分自身の幸福の在り方について考えるのも、いいかもしれませんね。

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参考文献・出典

『すばらしい新世界』(著:オルダス・ハクスリー 出版:早川書房)
『夏の夜の夢・あらし』(著:シェイクスピア 出版:新潮文庫)

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