「目は口ほどに物を言う」「目は心の窓」……古くから「瞳」は、人体の中でも「真実」を示唆する器官として扱われてきました。
本日語るのは私が愛してやまない名曲、UNISON SQUARE GARDEN様の『君の瞳に恋してない』。
「恋してる」ではなく、「恋してない」。
タイトルからして意味深なこの曲は、ある男性から想い人へのラブコールで構成されています。
言葉遣いや構造が非常にお洒落で、文学的で、本当に大好きな一曲です。
今回はこの曲の構造を紐解きながら、その魅力を存分に語っていきます。
歌詞解釈① 彼女の苦悩と彼の決意
まず、私が解釈する本曲の構造と前提をお伝えします。こ
の曲には1組の男女が登場し、男性側の目線を主人公として、女性へ想いを伝えるラブコールのような構造になっています。
特筆すべきは彼女の精神状態。おそらく彼女は、何かしらが原因で心を衰弱させており、元来の特性として「社会に上手く馴染めない」性格なのだと思われます。
しかし、これは決して不幸な話ではありません。そんな彼女を、彼が救い幸せにするためにアプローチしていく。その過程こそが、この物語の核心です。
ただ、それなのに「君の瞳に恋してない」とはどういうことか。
実際に歌詞を紐解いていきましょう。
コンフューズド、困った!
ちぐはぐなんでなんだっけ
さりげなく答を覗きたくなる
悪い癖だね歌詞引用:『君の瞳に恋してない』(UNISON SQUARE GARDEN)
「コンフューズド(confused)」は「混乱する」という意味。この歌詞は、彼と彼女の間にコミュニケーションエラーが起きている状態を描いているのでしょう。「ちぐはぐなんでなんだっけ」という言葉からは、話がどうして噛み合わなくなったのかすら分からない、という彼の「混乱」が読み取れます。
そして「さりげなく答えを覗きたくなる悪い癖」とは、彼が「彼女が何を伝えたいのか」「何に苦しんでいるのか」といった結論をすぐに求めようとしてしまうこと。本来はじっくり彼女と向き合うべきなのに、ついつい安易な「解決策」に目を向けそうになる自分を自制しているのです。
アンビエント、不穏だ! さりとても咀嚼中で
必ず助けてみせる苦い思いの渦から歌詞引用:『君の瞳に恋してない』(UNISON SQUARE GARDEN)
「アンビエント(ambient)」は「周囲の」という意味。つまり、彼女の雰囲気から不穏なものを感じ取り、危機感を覚えている。しかし「さりとても咀嚼中で」とあるように、その原因をまだ噛み砕けているわけではなく、有効な手立ても見つかっていない。「悪い癖」を自覚しているからこそ、彼はじっくり彼女と向き合おうとしています。
そして「必ず助けてみせる苦い思いの渦から」。これが彼の決意表明です。彼女を苦しみから救うために、彼はラブコールを送り続けるのです。
間違った虚像 煎じて間違った未来像
そろそろ止めたらいいのにと思うけど歌詞引用:『君の瞳に恋してない』(UNISON SQUARE GARDEN)
「間違ったイメージに基づいて、間違った未来を想像してしまう」ということですね。精神的に参っている状態では、あらゆることを悪い方へ考えてしまうものです。その「悪いイメージ」に基づいて将来を想像すれば、当然行き着く先は絶望であり、「生きていく希望」は見いだせません。
そんな悲観的な思考は「止めたらいいのに」と思う。しかし、ここで注目すべきは「思うけど」と逆接になっている点です。「そんなの自分を苦しめるだけだから止めなよ」と一蹴するのではなく、「そう考えてしまう気持ちも分かるよ」と彼女に寄り添っているからこそ、この「けど」という言葉が選ばれているのです。
歌詞解釈② 「君のせい」にする、彼の優しさ
せめて君ぐらいの声はちゃんと聞こえるように
嵐の中濡れるくらい構わないからバスタオルは任せた歌詞引用:『君の瞳に恋してない』(UNISON SQUARE GARDEN)
サビに入ります。私は「嵐の中濡れるくらい構わないからバスタオルは任せた」という歌詞を初めて聴いた時、電流が走る思いでした。こんなに優しい言葉があるのか、と。
「どんなに辛いことがあっても、君が側で支えてくれるなら何でもない」という意味に加えて、私が強調したいのは「任せた」という表現です。これは「有無を言わさずに役割を与えている」ということ。
精神的に不安定な人や自信を失っている人に「何がしたい?」「どうなりたい?」と問いかけても、かえって困らせてしまうことがあります。だから彼は「僕のワガママに付き合ってよ!」と、彼女を振り回すフリをしているのだと、私は解釈します。そうすることで、彼女は外部から強制的に「生きる意味」や「役割」を与えられる。それも、あくまで「彼のワガママ」という体裁で。
この歌詞に、私は彼の尋常でない優しさを感じます。自分が一方的にリードする怖さも振り払った上で、彼女のために「強引さ」を発揮しているのです。
金色に揺れる太陽 照らす世界でもうちょっと
生きてみようと思ったのは君のせいかも歌詞引用:『君の瞳に恋してない』(UNISON SQUARE GARDEN)
そして続くこの歌詞。ここで彼は、彼女に「責任」を与えています。「僕が生きてみようと思ったのは君のおかげなんだから、君だって生きていなきゃダメだよ」と。これもまた、「一方的な理屈」で彼女に生きる責任を与えているのです。
彼はこのサビで、彼女に生きる「意味」「役割」「責任」を与えている。自分の人生を自分だけのモノではなく、2人のモノにすることで、彼女が身勝手な選択をしないように縛り付けているのでしょう。
しかし、この歌詞には少し違和感がありませんか?まるで、彼女がいなければ「金色に揺れる太陽が照らす世界」で生きていこうと思えなかった、とでも言うように。
そうです。この歌詞は、彼自身もまた、決して精神的に安定した人物ではないことを示唆しているのです。「せめて君ぐらいの声はちゃんと聞こえるように」という歌詞も、彼自身が多くの人の声を聞ける状態ではないことの裏付けでしょう。
希望や夢に溢れるこの世界は、彼にとっても生きづらい場所。そんな場所でも、君となら生きていけるかもしれない。これは、病める人から、病める人へのラブコールなのです。彼女の痛みを一蹴しないのも、彼自身がその辛さを十二分に分かっているからなのでしょう。
後悔したまま死ぬかもしれないし
保証なんかどうせ役立たず
甘い一瞬に騙されて?歌詞引用:『君の瞳に恋してない』(UNISON SQUARE GARDEN)
だからこそ、こういう言葉が出てくる。これは彼自身が人生に感じている本音でもあるはずです。
しかし、同じ「病める人」という枠組みにいても、個人が抱える悩みや背景は異なります。だから彼は彼女の全てを理解できるわけではなく、時に混乱し、戸惑う。それでも、同じ痛みを抱える者として、分かり合えることがあると信じて、彼は精一杯彼女を励ましている。それがこの曲の構図なのだと思います。
歌詞解釈③ タイトルに隠された本当の意味
センチメント、くらった! 神出鬼没で並走中
追いつく、追い越す 繰り返すのが人間の性
悲しくてgrumble 即座に同意得てリセット
そんなに簡単にできればワケないよね歌詞引用:『君の瞳に恋してない』(UNISON SQUARE GARDEN)
2番の歌詞です。「センチメント」は感傷。心のダメージはいついかなる時も「神出鬼没」でやってくる。それをフォローしようと寄り添ってみるけれど、時に度が過ぎてしまうこともある。そんな心のアップダウンに翻弄されるのもまた、人間らしさだよね、と。
「grumble」は不平不満を言うこと。辛いことがあって不満を口にし、「うんうん」と聞いてもらえれば即座に解消される……そんな簡単なものではない。彼は「当事者」だからこそ、精神を病むことの重みを深く理解しているのです。
君の瞳に恋なんてしてはないけどわかる
大事なもの失った時 壊れちゃってしまってしまった気持ちは歌詞引用:『君の瞳に恋してない』(UNISON SQUARE GARDEN)
ここでついにタイトルが回収されます。「君の瞳に恋なんてしてはないけどわかる」。私はこの一文に、2つの意味が込められていると解釈しています。
1つ目は、「恋人然とした大きな愛は届けられないけど」という意味合いです。これは後の「虹色に光る幸せ そんなものがなくても」という歌詞が裏付けになります。曲全体を通して彼は「小さな幸せ」を強調している。それは、彼も彼女も「金色、虹色の世界」で生きていくのが難しいと自覚しているからでしょう。
そして2つ目の意味。「君の瞳に恋してる」と相手に伝えた時、その瞳に映っているのは誰でしょうか?……そう、自分自身です。少し意地悪な考え方ですが、この台詞は「恋をしている自分が好き」という自己陶酔とも解釈できます。
だからこのタイトルは、「”君の瞳に恋してる”なんて台詞で自分に酔うことはしない。僕はちゃんと、本当の君自身を見ているよ」という意味だと、私は解釈しています。
また、「壊れちゃってしまってしまった」という表現も歪です。「~しちゃう」「~してしまう」という言葉は「過失」を強調します。この過失の表現をわざと繰り返すことで、「彼女自身がそうしたくてしているんじゃないんだ」という、彼なりの「寄り添い」を表現しているのだと思います。
僕の手握っていいから
歌詞引用:『君の瞳に恋してない』(UNISON SQUARE GARDEN)
そして、曲を締めくくる最後の一文。これが本当に素敵なんです。
これまでの彼のアプローチを振り返ってみましょう。「バスタオルは任せた」「君のせいかも」「甘い一瞬に騙されて?」。
彼は全て「僕のワガママに付き合ってよ」というスタンスで、一方的に彼女を導いてきました。
であるならば、この最後の一文も「僕の手を握ってよ」という「お願い」の形になるべきではないでしょうか。しかし、ここでは急に「君が握りたかったら握っていいよ」と、彼女に選択を委ねています。
私は、ここも「裏返し」なのだと思うのです。
つまり、彼自身が、本当は手を握ってほしい。
これまで彼は彼女のために、「自分のワガママ」という仮面を被ってきた。しかし彼自身もまた、心を病む人間。だからこそ最後に、彼自身の本当の「お願い」が漏れ出てしまった。今度は「彼女の願望」のせいにする形で、相手に委ねる形で、彼は自分の願いを伝えたのです。
彼の優しさと、その裏にある人間味。そのコントラストが、涙腺を刺激してやまない一曲です。
