今回は日本文学の名作、芥川龍之介の『蜜柑』を解説します。
『羅生門』や『蜘蛛の糸』に比べると少しマイナーかもしれませんが、痛烈な芥川節を展開した先に行き着く心暖まるラストは感動モノです。
ストーリーの構造から随所の表現にいたるまでその魅力を語ってまいります。
主人公から見た少女の印象
まずは物語の冒頭を読んでいきましょう。ここでは、主人公が置かれている状況と、それに伴う心情・風景描写がなされています。
或る曇った冬の日暮である。わたくしは横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。
とうに電燈のついた客車の中には、珍らしくわたくしの外に一人も乗客はいなかった。外を覗くと、
うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、ただ、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに、吠え立てていた。
これらはその時のわたくしの心もちと、不思議な位似つかわしい景色だった。
わたくしの頭の中には云いようのない疲労と倦怠とが、まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落していた。
わたくしは外套のポッケットへじっと両手をつっこんだまま、そこにはいっている夕刊を出して見ようと云う元気さえ起らなかった。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
主人公は汽車の席に着き、出発の時刻を待っています。当時、芥川は横須賀海軍機関学校へ勤務しており、通勤などで横須賀線を利用していました。この場合、「上り」は東京方面を指します。
ここで出てくる「二等客車」とは客車の等級のことです。現在は廃止されていますが、当時の鉄道は「一等」「二等」「三等」に分かれており、それぞれ設備や運賃が異なりました。今で言う「グリーン車」のようなものだと考えていただければ分かりやすいでしょう。
注目すべきは、プラットフォームの描写です。
「薄暗い」「見送りの人影さえ跡を絶つ」「檻の子犬が悲しく吠える」
主人公はこれを「わたくしの心もちと、不思議な位似つかわしい景色」と表現しています。
誰もいない列車のような空虚さ。曇天のような憂鬱と倦怠。檻に一匹で鳴く犬のような寂寥感や疎外感。主人公が「云いようのない疲労と倦怠」を抱えているという点をまずは押さえておきましょう。
が、やがて発車の笛が鳴った。
わたくしはかすかな心の寛ろぎを感じながら、後ろの窓枠へ頭をもたせて、眼の前の停車場がずるずると後ずさりを始めるのを待つともなく待ちかまえていた。
ところがそれよりも先にけたたましい日和下駄の音が、改札口の方から聞こえ出したと思うと、間もなく車掌の何か云い罵る声と共に、わたくしの乗っている二等室の戸ががらりと開いて、十三、四の小娘が一人、あわただしく中へはいって来た、と同時に一つずしりと揺れて、おもむろに汽車は動き出した。
一本ずつ眼をくぎって行くプラットフォオムの柱、置き忘れたような運水車、それから車内の誰かに祝儀の礼を云っている赤帽――そう云うすべては、窓へ吹きつける煤煙の中に、未練がましく後ろへ倒れて行った。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
他に誰もいなかった車内に、一人の女の子が乗り込んできました。本作品はこの主人公と女の子の2人によって展開されます。彼が抱く彼女への印象が、どのように移り変わるかに注目してください。
私がこの場面で好きなのは、「停車場がずるずると後ずさりを始める」や「一つずしりと揺れて」という表現。汽車に乗っている時の感覚が呼び起こされる的確な描写です。
また、「未練がましく」という表現にも注目です。これは事実の描写に筆者の「主観・感性」が含まれたもので、こうした表現に現れる人間性や心理状態こそが、文学の味わい深いポイントと言えます。
続いて、主人公から見た女の子の特徴が描写されます。
わたくしはようやくほっとした心もちになって、巻煙草に火をつけながら、始めてものういまぶたをあげて、前の席に腰を下していた小娘の顔を一瞥した。
それは油気のない髪をひっつめの銀杏返しに結って、横なでの痕のある皸だらけの両頬を気持ちの悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい娘だった。
しかも垢じみた萌黄色の毛糸の襟巻がだらりと垂れ下った膝ひざの上には、大きな風呂敷包みがあった。
その又包みを抱いた霜焼けの手の中には、三等の赤切符が大事そうにしっかり握られていた。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
「油気のない髪」「皸(ひび)だらけの頬」「垢じみた襟巻」「霜焼けの手」
これらの特徴から、主人公は彼女を「いかにも田舎者らしい娘」と結論づけています。しかも、彼女が握っているのは「三等の赤切符」。つまり、乗る場所を間違えて二等車に入ってきているのです。
これを見て、主人公はどのような印象を抱くのでしょうか。
わたくしはこの小娘の下品な顔だちを好まなかった。それから彼女の服装が不潔なのもやはり不快だった。
最後にその二等と三等との区別さえもわきまえない愚鈍な心が腹立たしかった。だから巻煙草に火をつけたわたくしは、一つにはこの小娘の存在を忘れたいと云う心もちもあって、今度はポッケットの夕刊を漫然と膝の上へひろげて見た。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
田舎っぽい顔立ち、不潔な服装、そして二等車と三等車の区別さえつかない無知さや厚かましさ。主人公はそれらを激しく嫌悪しました。
少し言い過ぎに感じるかもしれませんが、彼がこう描写したのには理由があります。
しかしその電燈の光に照らされた夕刊の紙面を見渡しても、やはりわたくしの憂鬱を慰むべく、世間は余りに平凡な出来事ばかりで持ち切っていた。
講和問題、新婦新郎、瀆職事件、死亡広告――わたくしはトンネルへはいった一瞬間、汽車の走っている方向が逆になったような錯覚を感じながら、それらの索漠とした記事から記事へ殆ど機械的に眼を通した。
が、その間も勿論もちろんあの小娘が、あたかも卑俗な現実を人間にしたような面持ちで、わたくしの前に坐っている事を絶えず意識せずにはいられなかった。
このトンネルの中の汽車と、この田舎者の小娘と、そうして又この平凡な記事に埋ずまっている夕刊と、――これが象徴でなくて何であろう。
不可解な、下等な、退屈な人生の象徴でなくて何であろう。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
主人公は世間のニュースを「余りに平凡な出来事」と捉えています。ここで言う「平凡」とは悪い意味であり、何の面白みもなく俗っぽくてくだらない、というニュアンスです。
そして、目の前の女の子を「卑俗な現実を擬人化したような存在」だと認識します。
「不可解な、下等な、退屈な人生の象徴」であると。
これは、主人公が元よりこの世界に辟易しているからこそ生まれる思考です。あまりに卑俗な世界に辟易し、疲労と倦怠を抱える中で、気に入らない人物が目の前に座った。
これは人間が憂鬱な時に抱きうる「身勝手な悪意」とも言えますが、この作品においては彼女を「自分のしょうもない人生の象徴」とみなすことに大きな意味があります。
それから幾分か過ぎた後であった。ふと何かに脅やかされたような心もちがして、思わずあたりを見まわすと、いつの間にか例の小娘が、向う側から席をわたくしの隣へ移して、しきりに窓を開けようとしている。
が、重いガラス戸は中々思うようにあがらないらしい。あの皸だらけの頬はいよいよ赤くなって、時々鼻をすすりこむ音が、小さな息の切れる声と一しょに、せわしなく耳へはいって来る。
これは勿論わたくしにも、幾分ながら同情をひくに足るものには相違なかった。
しかし汽車が今まさにトンネルの口へさしかかろうとしている事は、暮色の中に枯草ばかり明るい両側の山腹が、間近く窓側に迫って来たのでも、すぐに合点の行く事であった。
にもかかわらずこの小娘は、わざわざしめてある窓の戸を下そうとする、――その理由がわたくしにはのみこめなかった。
いや、それがわたくしには、単にこの小娘の気まぐれだとしか考えられなかった。だからわたくしは腹の底に依然として険しい感情をたくわえながら、あの霜焼けの手が硝子戸をもたげようとして悪戦苦闘する容子を、まるでそれが永久に成功しない事でも祈るような冷酷な眼で眺めていた。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
女の子は汽車の窓を開けようと必死になっていました。しかし、今はトンネルに入ろうとする直前です。蒸気機関車がトンネル内で窓を開ければ、車内に煙が充満してしまいます。主人公には、彼女がなぜそんなことをするのか全く理解できません。
「何も弁えず、子供の好奇心から窓を開けようとしている」
そう判断した主人公は、彼女の努力が失敗することを祈るような冷酷な視線を向けます。
すると間もなくすさまじい音をはためかせて、汽車がトンネルへなだれこむと同時に、小娘の開けようとした硝子戸は、とうとうばたりと下へ落ちた。
そうしてその四角な穴の中から、煤をとかしたようなどどす黒い空気が、にわかに息苦しい煙になって、もうもうと車内へみなぎり出した。
元来のどを害していたわたくしは、ハンケチを顔に当てる暇さえなく、この煙を満面に浴びせられたおかげで、ほとんど息もつけない程せきこまなければならなかった。
が、小娘はわたくしにとんじゃくするけしきも見えず、窓から外へ首をのばして、闇を吹く風に銀杏返しのびんの毛をそよがせながら、じっと汽車の進む方向を見やっている。
その姿を煤煙と電燈の光との中に眺めた時、もう窓の外が見る見る明るくなって、そこから土の匂いや枯草の匂や水の匂いが冷ややかに流れこんで来なかったなら、
ようやくせきやんだわたくしは、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、又元の通り窓の戸をしめさせたのに相違なかったのである。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
ついに窓が開いてしまい、車内は煙に包まれました。喉を痛めていた主人公は激しく咳き込みますが、女の子は彼を気にする様子もなく、ただ外を見つめています。
トンネルを抜け、新鮮な空気が入ってきたことで主人公の怒りはかろうじて抑えられましたが、ここまでの彼女への印象は最悪と言っていいでしょう。
しかしトンネルを抜けた先で、彼女が「何をしようとしていたのか」という真相が明らかになります。
「蜜柑」によって変えられた世界
ここで彼女の行動の真相が紐解かれます。
やっとトンネルを出たと思う――その時そのしょうさくとした踏切りのさくの向こうに、わたくしは頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立っているのを見た。
彼等は皆、この曇天に押しすくめられたかと思う程、そろって背が低かった。そうして又この町はずれの陰惨たる風物と同じような色の着物を着ていた。
それが汽車の通るのを仰ぎ見ながら、一斉に手を挙げるが早いか、いたいけな喉を高く反らせて、何とも意味の分らない喊声を一生懸命にほとばしらせた。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
トンネルを出た先、踏切の前に立っていたのは3人の男の子でした。彼女と似たような、赤い頬に地味な着物を着た子供たちです。彼らは汽車に向かって叫び声を上げていました。
するとその瞬間である。窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、たちまち心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている蜜柑がおよそ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。わたくしは思わず息を呑んだ。
そうして刹那に一切を了解した。
小娘は、恐らくはこれから奉公先へおもむこうとしている小娘は、その懐に蔵していたいくかの蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
踏切にいたのは彼女の家族、弟たちだったのです。彼女は貧しい家計を助けるために「奉公(働きに出ること)」へ向かう途中でした。見送りに来てくれた弟たちのために、彼女は懐に隠し持っていた蜜柑を投げたのです。
この瞬間、彼女のボロボロの格好も、慣れない二等車に紛れ込んだことも、無理に窓を開けようとした理由も、すべてに合点が行きました。その健気さと切なさに主人公は心を奪われます。
ここで蜜柑を「たちまち心を躍らすばかり暖な日の色に染まっている」と表現している点に注目してください。
これは、作中で強調されてきた「曇天の灰色の世界に暖かな日の色が灯った」ことの強調。
そして彼の感情が良い意味で動いたことを示すための「心を躍らすばかり暖な日の色」という言葉遣い。
例えば梶井基次郎の『檸檬』も「果実が灰色の世界を変える」物語でしたが、その役割は異なります。『檸檬』には洗練された美しさや五感に訴える爽やかさがありますが、『蜜柑』には太陽のような暖かみと朗らかさがあります。まさに適材適所の果物が選ばれていると感じます。
それでは最後、彼女の背景を知った主人公が抱いた想いを読んでいきます。
暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮やかな蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、またたく暇もなく通り過ぎた。
が、わたくしの心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。そうしてそこから、或得体の知れない朗らかな心もちが湧き上って来るのを意識した。
わたくしは昂然と頭を挙げて、まるで別人を見るようにあの小娘を注視した。
小娘は何時かもうわたくしの前の席に返って、あいかわらずひびだらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みをかかえた手に、しっかりと三等切符を握っている。…………
わたくしはこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生をわずかに忘れる事が出来たのである。引用:『蜜柑』(芥川龍之介)
主人公は「まるで別人を見るように」彼女を注視しましたが、「あいかわらずひびだらけの頬を」と表現されるように、彼女の見た目は物語前半に記された様子と何ら変わっていません。
しかし、主人公の見えている世界は一変しました。彼は、彼女という「一人の人間の背景やストーリー」に触れたのです。
この作品の素晴らしいところは、人間の裏にある真実やストーリーを、灰色の世界に落とされた「蜜柑」の鮮やかな暖かさで表現している点です。
私たちはどうしても物事を表層的に捉え、主観の世界で生きざるを得ません。
だからこそ、意の外から新たな情報が追加された刹那、見えている世界が変わることがある。
『蜜柑』というストーリは、「下等で退屈な人生の象徴」だと思っていた彼女によって、その人生をわずかに忘れることができたという構造が非常に重要。
また、「わずかに」という言葉も重要です。世界が灰色である事実は変わりませんが、それでも「この世界も捨てたものではないのかもしれない」という美しさの可能性、そして物事には背景があるという可能性を提示して終わるのです。
あまりにくだらなく、少しだけ美しいこの世界に。
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