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『銀河鉄道の夜』徹底解説|宮沢賢治が目指した「ほんとうの幸せ」とは?

『銀河鉄道の夜』は学校の授業で扱うことも多く、日本人にとって馴染み深い作品ではありますが、この物語は非常に難解。一読しただけでは不思議に思うポイントが多いかもしれません。

本作で描かれる大きなテーマは「ほんとうの幸せ」

宮沢賢治の集大成とも言える『銀河鉄道の夜』は、日本文学の中でも指折りの美しい物語です。今回は彼の背景も踏まえ、ストーリーの面白さを徹底的に深掘っていこうと思います。

【動画版はこちら】

場面別ストーリー解釈

午后の授業

「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」
先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問をかけました。
カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。
たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

まずは学校の授業シーンから始まります。主人公はジョバンニという男の子。年齢は明言されませんが、推察するに小学校高学年くらいでしょうか。
先生は授業で天の川は何が集まって出来ているかと問いかけますが、ジョバンニは上手く答えられません。

結局ジョバンニはこのあと先生から解答を促されますが、彼はもじもじしたまま黙ってしまいます。すると今度は彼の親友であるカムパネルラが指されました。しかし手を挙げていたはずの彼も、答えることをためらいました。
ジョバンニはそれがかえって居た堪れなく、恥ずかしくなってしまいます。

先生は意外なようにしばらくじっとカムパネルラを見ていましたが、急いで「では。よし。」と云いながら、自分で星図を指しました。
「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」
ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙がいっぱいになりました。
そうだ僕は知っていたのだ、勿論カムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。
それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎から巨きな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁いっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

宮沢賢治は「小説家」というよりは「童話作家」「詩人」としての活動がメインで、特に童話ではこのように柔らかい文体を多く用います。

私はこの世界構築が大好き。このジョバンニとカムパネルラが宇宙に関する本を一緒に読むシーンも、回想としてとても没入感が非常に高い。
幻想的なシーンとの相性が良く、その世界にうっとりと入り込めるのがいいですね。

活版所

ジョバンニはどうして授業中眠そうにしていたのか。その理由は彼の仕事にありました。

ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭の隅の桜の木のところに集まっていました。……(中略)……
家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版処にはいって……(中略)……中にはまだ昼なのに電燈がついてたくさんの輪転器がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いて居りました。
「よう、虫めがね君、お早う。」と云いますと、近くの四五人の人たちが声もたてずこっちも向わずに冷くわらいました。
ジョバンニは何べんも眼を拭いながら活字をだんだんひろいました。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

彼はまだ子どもながらに頑張ってアルバイトをしています。それは「活字拾い」というお仕事です。
当時の書籍や新聞は「活版印刷」と呼ばれる技術が主流で、文字のプレートにインクをつけて印刷していました。そのため、印刷したい文章の文字を一つひとつピックアップして、プレートに正しく並べていかなければならなかったんですね。

作業が大変なのに加え、職場では周りの大人たちに「虫めがね君」と揶揄われています。これは断定は出来ませんが、虫めがねを用いて活字拾いをしている様子、もしくは作業時につけている品質の悪い眼鏡をからかっていると思われます。
学校でも職場でもいいことがありません。次は、家庭での様子を覗いてみましょう。

ジョバンニが勢いよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。
「お母さん。いま帰ったよ。工合悪くなかったの。」
「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼しくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」
ジョバンニは玄関を上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室に白い巾を被って寝んでいたのでした。
「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」
「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」
「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」
「来なかったろうかねえ。」
「ぼく行ってとって来よう。」

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

なんと、家ではお母さんが病気で寝ていました。彼がアルバイトをしている背景も見えてきますね。物語のはじめは彼の境遇がかなり不憫で健気なものとして描かれます。
アルバイトのお金で買ってきた角砂糖を牛乳に入れて飲ませてあげようとしますが、牛乳が配達されていません。ジョバンニは自分で牛乳屋さんへ取りに行こうとします。

お母さんは「今日はお祭りだから遊んでおいで」と提案します。今日は近所で「ケンタウル祭」があり、皆が烏瓜(からすうり)を川に流しに行くのです。イメージ的には灯籠流し。

ケンタウル祭の夜

ジョバンニは家を出発すると、お祭りへ行く途中のカムパネルラたちを見つけました。そこで、いじめっ子であるザネリに話しかけます。

「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」ジョバンニがまだそう云ってしまわないうちに、
「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」その子が投げつけるようにうしろから叫びました。
ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るように思いました。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

ザネリは「ラッコの上着が来るよ」という悪口を投げつけます。
当時ラッコの毛皮は非常に高価で、密漁されることがありました。ジョバンニのお父さんは漁に出て長く家を空けているのですが、それを「密漁して捕まったんじゃないのか?」と揶揄っているのです。「お前のお父さん、犯罪者なんだろ?」という嫌な悪口です。

家では病気のお母さんが寝ていて、お父さんは滅多に帰ってこられない。クラスメイトとは上手くやれず、最近は大好きなカムパネルラともあまり喋れない。
ジョバンニはもうとても悲しくなり、お祭りへは向かわずに丘の方へ駆け出しました。

天気輪の柱

ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。
あああの白いそらの帯がみんな星だというぞ。
ところがいくら見ていても、そのそらはひる先生の云ったような、がらんとした冷いとこだとは思われませんでした。
それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のように考えられて仕方なかったのです。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

ジョバンニは丘の頂に身体を投げて星空を見上げると、授業で言っていた先生の言葉を思い出しました。
彼は先生に習った科学的な話とは反対に、そこは1つの野原のような風景に見えたと言います。

章題にもなっている「天気輪」とは、天候を祈り、また亡者の菩提を弔う仕掛けをした石造りの柱のことです(『宮沢賢治語彙辞典』より)。

また、ここで宮沢賢治を語るワードの1つ「心象スケッチ」についてお話ししましょう。

賢治は、自身が紡ぐ詩は「自分の心に映った風景や現象を、ありのままに記録したもの」と定義し、それを「心象スケッチ」と名付けました。賢治の感性を通じて描かれる幻想的な世界は、彼に言わせれば「本当にそう見えて仕方ないことをただ書いているだけ」なのです。


代表作『注文の多い料理店』の序文でも、「もうどうしてもこんな気がして仕方がない」「わたくしはその通りかいたまで」と語っています。

ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、
十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。
ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。
引用:『『注文の多い料理店』序』(宮沢賢治)

この「ある野原のように考えられて仕方なかった」というジョバンニの表現は、賢治が語る心象スケッチの感覚に近いと言えます。
『銀河鉄道の夜』ではこの後にも美しい景色がたくさん描かれますが、これは彼の目を通して「そう見えた世界」であることを押さえておきましょう。

銀河ステーション

丘の上で身体を投げたジョバンニは、ふと不思議な感覚に襲われます。

気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座っていたのです。

すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。
そしてそのこどもの肩のあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。
いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。
それはカムパネルラだったのです。

ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったとき、カムパネルラが
「みんなはねずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。
ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、
「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラは
「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎いにきたんだ。」

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

さあ、ついに銀河鉄道の旅が始まります。気が付いたらジョバンニは列車に乗っており、その隣にはカムパネルラが座っていました。
不思議な感覚に襲われながらも「たった今誘って一緒に出掛けたんだ」と認識し、現状を受け入れます。

どうしてジョバンニとカムパネルラは列車に乗っているのか。ここは一体どこなのか。
そんな不思議な気持ちとワクワクを抱いて、次を読んでいきましょう。

北十字とプリオシン海岸

「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」
いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急きこんで云いました。
「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

「お母さんは僕を許してくださるだろうか」という意味深な台詞。カムパネルラはお母さんが自分を許してくれるか不安になっているようです。

つられてジョバンニも、家にお母さんを置いてきたことを思い出し後ろ髪を引かれています。

ここで本作の重要なテーマである「ほんとうの幸い」に触れられます。
『銀河鉄道の夜』では、宮沢賢治が目指した「本当の幸せとは何か?」がテーマとして描かれていますが、それはこれからの旅でしっかり紐解いていきましょう。

ここで、窓から見える美しい景色の描写を読んでいきます。

向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、
また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火のように思われました。
それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

これらの美しい描写には、不思議な点があります。それは銀河なのにススキやリンドウなどが見えていること。

ここで「イーハトーブ」のお話をしましょう。
この『銀河鉄道の夜』も彼の心象世界であるイーハトーブが舞台となっており、作中の世界には花巻市を鏡写しにしたような場所もあります。
その1つが章題にもあるプリオシン海岸。モチーフは北上川の西岸で、彼はこの場所を「イギリス海岸」と呼んでいました。

現地撮影:岩手県花巻市(2025年11月)

そのため、この銀河鉄道の旅路には、彼にとって馴染み深い岩手県の景色が融合されています。この「銀河鉄道」のモチーフとなっているのも、かつて花巻市を走っていた岩手軽便鉄道です。


また、作中では植物や動物、鉱物などが描かれますが……これは宮沢賢治が生涯を通じて愛していたものです。
例えば鉱物(石)に関しては幼少期から収集や研究に目覚めており、周囲からは「石っ子賢さん」と呼ばれていたそう。

賢治の文学には、これらに対する深い知識や好奇心が密接に紐づいています。これらの美しい情景は、ぜひ実際に手にとって読んでみてください。
さて、ジョバンニとカムパネルラが旅を続けていたところ、とある乗客と出会います。

鳥を捕る人

「ここへかけてもようございますか。」
それは、茶いろの少しぼろぼろの外套を着て、白い巾でつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛けた、赤髯のせなかのかがんだ人でした。
「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」
「どこまでも行くんです。」
「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。」

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

ジョバンニとカムパネルラは、列車に乗ってきた鳥捕りと遭遇します。鳥捕りは「この汽車はどこまででも行きますぜ」と言います。

この場面では何やら不思議なやり取りが続きます。
鳥捕りは鶴や雁、鷺、白鳥などを捕まえていると言いますが、彼が鳥だと言って手渡してくるのは鳥の形をしたお菓子。外に見える鳥を捕まえても、その瞬間にはチョコレートのようなお菓子になってしまいます。

ここは「他の命を奪って生きる」という、生き物の逃れられない理を描いていると解釈します。
この後ジョバンニは「なんだお菓子じゃないか」と鳥捕りの振る舞いを馬鹿にしながらも、結局それを美味しく食べていることに罪悪感を覚えます。

これはあくまで私の解釈ですが、ここで言う鳥捕りは「多くの人の代わりに殺生をしてくれる存在」という役割。現実でも畜産や漁業などに携わる方々はそうですよね。

私たちが普段食事をする際、「命を奪っている」感覚は薄いかもしれませんが、それは「代わりに誰かが食料に変えてくれている」から。

ここで鳥たちが「お菓子になった」のは、生き物を捕える側と食べる側の認識の差を描いたのかなと思います。このあたりは『なめとこ山の熊』『よだかの星』などで描かれていることに通づるので、気になった方はぜひ読んでみてください。

ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。
『よだかの星』(宮沢賢治)

熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ。
おれも商売ならてめえも射たなけぁならねえ。

『なめとこ山の熊』(宮沢賢治)

ジョバンニの切符

白鳥区の終わりに差し掛かったあたり、車内で車掌さんが切符を確認しに来ました。
ジョバンニは気付いたらこの列車に乗っていたため、どうしようとドキドキしてしまいます。

ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳んだ紙きれにあたりました。
こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。
「よろしゅうございます。南十字へ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。
すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。
「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。
こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

ジョバンニは何故かポケットに入っていたチケットを車掌に見せたところ、切符として認めてもらえました。
さらに鳥捕りの話によれば「ほんとうの天上へ行ける切符」「どこでも勝手にあるける通行券」だと言います。

しばらく乗っていると、とある男の子と女の子、青年が乗車してきます。
青年は状況を理解したのち「わたしたちは天に行くのです。なんにも怖いことはない。わたくしたちは神様に召されているのです。」と言いました。
そして、男の子はこう言います。

「だけど僕、船に乗らなけりゃよかったなあ。」

この台詞でピンと来る方もいるかもしれません。これは「タイタニック号の乗客」たちを描いていると言われています。

タイタニック号沈没事故

1912年4月、イギリスからニューヨークへ向かう処女航海中の豪華客船タイタニック号が、北大西洋で氷山に衝突し沈没した事故。
「不沈船」と呼ばれながらも救命ボートの不足などが重なり、乗員乗客約2,200人のうち1,500人以上が犠牲となった。

そう、これは死者を乗せた鉄道なのです。このあたりからジョバンニもうっすらと察しはじめたように思えます。

つまりカムパネルラは、どうやら既に亡くなっているようです。乗車した当初に思い詰めたような顔をしていたことと関係しているかもしれません。

さて、「死者を乗せた列車」という設定が判明したところで、賢治のエピソードを1つご紹介しましょう。
彼には「宮沢トシ」という2歳下の妹がいました。トシは賢治の考えや理想に寄り添うよき理解者であり、彼にとって最愛の妹と言える存在。

しかし彼女は、肺結核により24歳の若さでこの世を去り、賢治は深い深い悲しみに暮れてしまいます。
彼が後に発表した『永訣の朝』では、トシが亡くなる日の朝の様子がこう描かれています。

けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)

ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ

わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ

引用:『永訣の朝』(宮沢賢治)

「あめゆじゅ、とてちて、けんじゃ」(みぞれを取ってきて、賢治。)

高熱に苦しむトシは、賢治に表に積もっている雪を取ってきてとお願いします。
それを聞いた賢治は鉄砲玉のように表に飛び出し、「私の優しい妹の最後の食べ物を貰っていこう」とみぞれをお椀に入れるのです。

そうしてトシは亡くなってしまうのですが、ここで1つ問題だったのは彼女の葬儀。賢治はとある時期から「法華経」の教えに深い感銘を受けます。

しかし宮沢家は代々浄土真宗の家柄。賢治の父である政次郎は若くして花巻仏教会を作るほど信仰深く、賢治は家の信仰と対立してしまいます。

その結果、賢治は父が執り行う葬儀には参列せず、トシを弔うために自分の信じる経を1人で読んだと言われます。

一一月二八日(火) 弔問客でごった返し、お通夜の食事を出すのに家族は追われた。
宮沢家には下に浄土真宗の、二階に日蓮宗(国柱会)の仏壇があり、賢治はその御曼荼羅に祈り続ける。

一一月二九日(水)
寒い風の続く中、鍛冶町安浄寺で葬儀が行われる。
賢治は宗旨がちがうため出ず、柩を火葬場へ送り出すとき、町角からあらわれて人びとと共に柩に手をかけて運んだ。

引用:『新校本宮沢賢治全集 第十六卷(下)補遺•資料年譜篇』(編:宮沢清六 他 /発行:株式会社 筑摩書房)244p

賢治が信仰に関して家族と対立してしまう中、トシは唯一賢治の思想に寄り添い、共に信じてくれたと言います。(※最終的には父政次郎も法華経に改宗。)

賢治は妹が旅立ってから苦しみと悲しみに苛まれつづけます。
その後発表した詩集『春と修羅』では、彼女の死と向き合い続ける賢治の悲痛さを読み取ることが出来ます。
そんな彼の背景を前提にして、続きを読んでいきましょう。

蝎の火

「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」ジョバンニが云いました。
「蝎の火だな。」カムパネルラが又地図と首っ引きして答えました。
「あら、蝎の火のことならあたし知ってるわ。」
「蝎の火ってなんだい。」ジョバンニがききました。
「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聴いたわ。」
「蝎って、虫だろう。」

「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さん斯う云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。
するとある日いたちに見附かって食べられそうになったんですって。

(中略)

こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。
って云ったというの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。
いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。」

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

ここでは蠍座に関するエピソードが語られます。これはギリシャ神話におけるそれとは異なり、賢治ワールドの物語です。
自分はいくつもの命を奪って生きていたのに、いざ天敵に食べられそうになったら逃げてしまい、結局無駄死にをする運命になった。

「これでは誰も救われない。こんなことならイタチに食われていれば、イタチは1日生き延びたのに」と後悔し、「みんなの幸せのために身体を使ってください」と願ったことで、あんなにも明るい星になって周りのために輝き続けているというお話です。

賢治の作品は自己犠牲を描いたものが多く、この文脈も「自己犠牲の美しさ」を説いていると思われがちですが、それだけだと少し誤解があると私は解釈しています。

これを紐解くには、賢治の作品と切っても切り離せない「法華経」の教えに迫る必要があります
葬儀の対立でもお話ししたように、彼は法華経に深い感銘を受けており、数多くの作品の土台にその教えが根付いています。

中でも彼が震えるほど感動したと語られる『如来寿量品』の章をご紹介しましょう。

この章では、お釈迦様(ブッダ)はあの世へ行ったわけではなく、この世界に常に留まり、人々を救い続けていると書かれています。

衆生を度せんが為の故に 方便して涅槃を現ず
而も実には滅土せず 常に此に住して法を説く

引用:『宮沢賢治 思想と生涯一南へ走る汽車』(著:柴田まどか/出版:株式会社洋々社)24p

仏教にも様々な宗派がありますが、「現世・この世界は苦しみに溢れていて、死後に「極楽浄土(あの世)」へ行く」というイメージがあると思います。

しかしこの章からは「お釈迦様がこの世界にいるならば、私たちが生きている現世を浄土にしていくべきだ」と解釈できる。これを「娑婆即寂光土」と言います。

つまり、死後にある幸せを求めるのではなく「この現実をいかに幸せな世界へと作り替えていくか」という考え方。

賢治が目指していたのは、この世界に浄土を実現すること。すなわち世界全体、宇宙全体を幸福にしていくことなんです。

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
引用:『農民芸術概論綱要』(宮沢賢治)

死後の幸福のために頑張って生きるんじゃなくて、「今この世界にいるみんなで幸せになるために頑張る」
蠍の火は単なる自己犠牲ではなく「個の存在を世界全体の幸福のために機能させること」が先行していると捉えていいでしょう。

これは、先ほどの「タイタニック号の事故」にも通ずると解釈できます。この事故では、救命ボートの数に限りがあったため女性や子どもが優先的に助けられたと言います。

ここで大切なのは、彼らのほとんどがキリスト教を信仰している海外の人たちであること。

つまり「国や宗教の違い」があったとしても「みんなの幸せを願う」ことは人類共通の希望なんじゃないか?という可能性を、この一件から賢治は見出したのかもしれません。

作中で青年は事件のあらましを語りますが、その中では「どうか小さな人たちを乗せてくださいと叫んだ」「この人たちを助けるのが私の義務だと思った」と語っていることからも、少なくとも賢治の解釈としては「みんなの幸せのために自己犠牲を選んだ人たちがいる」と理解していることが分かります。

では、続きを読んでいきましょう。同乗した彼らと旅を続ける中で、とうとう3人が下車をするタイミングが訪れます。

しかしジョバンニはそれを引き留めようとします。

ほんとうのたった一人の神さま

「僕たちと一緒に乗って行こう。僕たちどこまでだって行ける切符持ってるんだ。」
「だけどあたしたちもうここで降りなけぁいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから。」女の子がさびしそうに云いました。
「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないって僕の先生が云ったよ。」
「だっておっ母さんも行ってらっしゃるしそれに神さまが仰るんだわ。」
「そんな神さまうその神さまだい。」
「あなたの神さまうその神さまよ。」
「そうじゃないよ。」
「あなたの神さまってどんな神さまですか。」青年は笑いながら云いました。
「ぼくほんとうはよく知りません、けれどもそんなんでなしにほんとうのたった一人の神さまです。」
「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です。」
「ああ、そんなんでなしにたったひとりのほんとうのほんとうの神さまです。」
「だからそうじゃありませんか。わたくしはあなた方がいまにそのほんとうの神さまの前にわたくしたちとお会いになることを祈ります。」青年はつつましく両手を組みました。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

女の子は「お母さんが先に行っているし、神様が呼んでるから行かなきゃ」とジョバンニに話します。

しかしジョバンニは「そんなところに行かなくていい、君の言う神様はうその神様だよ」と言います。
「天上よりももっといいところをこさえなきゃいけない(作らなきゃいけない)」は、まさに「この世界を浄土にする」っていう考え方です。

青年はそれに反応するように「(私たちの神様が嘘だって言うなら)あなたの神様ってどんな方ですか」と聞きます。

この場面は2人の会話が食い違ってるんです。青年は「本当の神様」を「あなたが信じている神様」だと思っている。私はここの「そんなんでなしにほんとうのたった一人の神さまです」という一文が大好きで。

ここは完全に私の解釈ですが、「宗派の違い」で妹を葬儀で見送れなかった彼が「そんなん(宗教の違い)でなしに」と書いているのがとてもいい。彼がここまでに抱いてきた苦しみが詰まっていると思うんです。

ちなみにトシが亡くなった翌年、賢治が綴った『青森挽歌』という詩ではこのような表現があります。

あいつはこんなさびしい停車場を
たつたひとりで通つていつたらうか
どこへ行くともわからないその方向を
どの種類の世界へはひるともしれないそのみちを
たつたひとりでさびしくあるいて行つたらうか

引用:『青森挽歌』(宮沢賢治)

「あいつ」というのは、最愛の妹トシのことでしょう。この詩では『銀河鉄道の夜』の設定に通づるようなものがあります。

ただ、「こんなさびしい停車場をたった一人で通っていったろうか」という文章から想像される景色は、『銀河鉄道の夜』で描かれるそれとは真逆になっています。

旅をする道のりにあるそれぞれの停車場は「とても美しい景色」に囲まれ、カムパネルラはジョバンニと「2人で」一緒に旅をします。

この作品のメインテーマは、「ほんとうの幸いを巡る旅」ですが、同時に「最愛の者を美しく見送る旅」でもあると、私は思うのです。

だからこそこの作品は、宮沢賢治の集大成。
彼が人生を通じて大切にしていた法華経の教えと最愛の存在を中心に、彼の愛しているもの……岩手の風景や鉱石、植物、動物、天文、科学などの要素がふんだんに詰め込まれている。

そしてそれは、賢治の感性というフィルターを通した「心象スケッチ」によって、不思議で幻想的な世界として描かれています。

さあ、そろそろ銀河鉄道の旅も終盤です。気づけばジョバンニはカムパネルラと二人っきりになりました。

カムパネルラとの別れ

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。
僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。
ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです。
その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずただ眼がしんしんと痛むのでした。ジョバンニが云いました。
僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

2人は「ほんとうの幸い」を追求する覚悟を決めました。

ここで重要なのは「ほんとうの幸いは一体なんだろう」という問いかけと「僕わからない」「(だけれども)僕たちしっかりやろうねえ」というアンサーです。

賢治の目指している「みんながこの世界で本当に幸せになること」には、ただ1つの正解があるわけではありません。
「その世界の実現のために皆が考えること」が重要なんだと、私はこのやり取りから解釈します。

そして2人は「大きくてまっくらな穴」を見つけます。死者を乗せた鉄道の先にある大きな暗闇……これはやはり、死を暗示していると考えられます。
ここで、先ほどの『青森挽歌』を読んでみましょう。

あいつはどこへ堕ちやうと
もう無上道に属してゐる
力にみちてそこを進むものは
どの空間にも勇んでとびこんでいくのだ

(あいつ(トシ)はどんな世界に行ったとしても、もうこの上なく優れた道にいる。
力に満ちて幸福に向かって進む者は、どんな空間であっても勇気を持って飛び込む力を持っているのだ。)

引用:『青森挽歌』(宮沢賢治)

先の通り賢治は「天上はこの世界に作るべき」と考えています。でもそうだとしたら、亡くなった妹が行った先は「天上ではない」ということになります。

彼は、最愛の存在を失ったことで「死後の極楽浄土」が存在してほしいと葛藤しはじめたと言います。『青森挽歌』では、賢治の苦悩がひしひしと伝わります。

しかし彼は、やはりこの世界の幸福実現を信じて「本当の幸福に向かって進む時、人はもうこの上なく優れた道に達している」と結論づけ、「死後の空間がどのような場所であっても、勇気を持って飛び込む力を得ている」と解釈しました。

その上でこの一文をご覧ください。
「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。」

あいつがいなくなってからあとのよるひる
わたくしはただの一どたりと
あいつだけがいいとこに行けばいいと
さういのりはしなかったとおもひます

引用:『青森挽歌』(宮沢賢治)

そして青森挽歌の最後では、「あいつだけがいいとこに行けばいいと、そう祈りはしなかったと思います」と綴りました。
多くの作品で苦悩が描かれているだけに、この一文が私は本当に泣けて。「この世界で皆の幸福を目指す」覚悟を決めながらも、「しなかったと思う」と余韻を残しているのが好きですね。

さて、では本編へ戻ります。「どこまでも一緒に行こう」ともう一度ジョバンニが言い放った時、振り返るとカムパネルラはいなくなっていました。
ジョバンニは力いっぱいにカムパネルラの名前を叫びます。すると次の瞬間――、続きを読んでいきます。

現実の河原

ジョバンニは眼をひらきました。
もとの丘の草の中につかれてねむっていたのでした。
胸は何だかおかしく熱り頬にはつめたい涙がながれていました。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

ジョバンニは、これまで丘の上で眠っていたことになっていました。
そして牛乳を取りに行ったあと、お祭りの方へ向かうとそこで衝撃的な話を聞きます。

「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」
「どうして、いつ。」
「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押してやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。
するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」
「みんな探してるんだろう。」
「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附からないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

彼は祭りの最中、川に落ちたザネリを助けるために飛び込んだと言います。
カムパネルラが言った「お母さんは僕を許して下さるだろうか」は、友達のために川に飛び込んで死んでしまった自分を許してくれるか、という意味だったのです。

ここで「ザネリ」を助けたことにも意味があるのかなと思います。
今回お話しした賢治の思想を聞いて「悪いやつだって沢山いるのに、皆で幸せになるなんて無理だ」と思った方もいるかもしれません。

だからこそ賢治は、いじめっ子であるザネリを助けたのかなと思います。本当の意味で「みんなで幸せになる」というのは、「その人がどういう人か」を問題としません。これを仏教の言葉で「怨親平等」と言います。

ちなみにこの「みんなの幸せのために」という姿勢について、賢治自身はどうだったのかと言うと、彼は自身の知識と経験を活かして「羅須地人協会」を立ち上げ、人々に農業のやり方を教えていました。

賢治は37歳の若さで肺炎によって亡くなっているのですが、体調が悪化した晩年……いや亡くなる前日。夜中に肥料設計について訪ねて来られた際でも、死の直前という辛い身体状況でありながら、「せっかく来てくれたら」と対面して真摯に対応していたというエピソードもあります。

これはやはり単なる自己犠牲というより「人のために自分ができる精一杯に努めた」結果なのかなと私は思います。

では、とうとうラストシーンです。続きを読んでいきましょう。

現実世界への旅立ち

「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。」と叮ねいに云いました。
ジョバンニは何も云えずにただおじぎをしました。
「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は堅く時計を握ったまままたききました。
「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。
「どうしたのかなあ。ぼくには一昨日大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅れたんだな。
ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」
そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。
ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに
博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

ジョバンニは天上の美しい世界でカムパネルラを見送りましたが、賢治はその美しい銀河の旅を「この世界で最も尊いもの」として描いたわけではないはずです。
皆が幸せになれる世界は「私たちが生きているこの世界」に作るべきである。

だからジョバンニは、込み上げる色々な想いを振り切って「現実世界」に向かって走り出します。
大切なお母さんが待っている家に向かって「牛乳を渡しに」「お父さんの知らせを伝えに」走り出す。
彼には「みんなのほんとうの幸い」を求めて生きる力がある。

なぜならジョバンニは、あの列車の中で唯一「特別な切符」を持っていたから……

「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。

引用:『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

宮沢賢治ゆかりの地を巡る旅【岩手県花巻市】
参考文献・出典

『新編 銀河鉄道の夜』(著:宮沢賢治/出版:新潮文庫)
『童話集 銀河鉄道の夜 他十四篇』(著:宮沢賢治/出版:岩波文庫)
『新編 宮沢賢治詩集』(著:宮沢賢治/出版:新潮文庫)
『宮沢賢治 思想と生涯一南へ走る汽車』(著:柴田まどか/出版:株式会社洋々社)
『宮沢賢治語彙辞典』(編著:原子朗/出版:東京書籍株式会社)
『新修宮沢賢治全集 別巻』(編:草野心平/発行:筑摩書房)
『新校本宮沢賢治全集 第十六卷(下)補遺•資料年譜篇』(編:宮沢清六 他 /発行:株式会社 筑摩書房)
『宮沢賢治の真実 ―修羅を生きた詩人』(著:今野勉/出版:新潮文庫)

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